松久淳 猫なんて飼うんじゃなかった



<目次>
00「ご案内
01「猫が来る
02「猫はタフでなければ生きていけない
03「猫を飼う奴なんて
04「猫は気にしない
05「長生きの秘訣
06「猫の小説デビュー
07「吠える猫
08「猫をかぶっていないときがある
09「猫の帰還
10「猫の飼い方
11「好奇心に猫は落ちる
12「マーロウ救出作戦
13「YouTubeデビュー
14「ミリオンを達成する猫
15「猫の話をそのうちに
16「老い始めた猫
17「ボケていた
18「もういっかいマーロウ
19「猫はただの猫
20「化け猫疑惑
21「赤ちゃん返り
22「世界でいちばん好きな猫
23「猫なんて飼うんじゃなかった

07「吠える猫」

 マーロウが生まれて9か月目、いよいよ「去勢」を実行することにした。
 去勢しないままだと発情期にとんでもないことになると聞いてもいたし、外に出すつもりはないが、万一飛び出してしまったときに、盛りまくったマーロウのせいで、むやみに野良猫を増やしてしまうわけにもいかない。
 一度も性行為を経験できないというのは、生物としては当然間違っているのだろう。でも、飼うからにはしなくてはならない。難しい問題だが議論は他人に譲る。
 私は勤めていた雑誌編集部の最後の出勤日の翌日、タクシーでマーロウを初台の動物病院へ連れていった。2度目のお出かけ。2度目の病院。去勢手術の瞬間は見られず(見られたとしても断ったが)、その日はマーロウを預けて帰宅。そして翌日、術後のマーロウを迎えに行った。
 並んだケージの中には猫だけでなく犬もいる。マーロウはそのひとつにいた。
 私は「マーロウ」と声をかけた。
「しゃあああああああ!」
 マーロウが、聞いたこともない声をあげ、見たこともない顔をした。私はぞっとして後ずさった。猫が「威嚇」するのを、初めて見た。とても手を伸ばせる状態ではなかった。
 私から離れ、手術をされ、狭いケージに閉じ込められ、まわりには見たこともない動物たち。よっぽど寂しく怖かったのだろう。マーロウはしばらく、目の前にいるのが誰だかわからないようで、怖い顔をしたままケージの中でうろうろしていた。
 どのくらいの時間が経ったのか、ようやく落ち着いてきたころに「マーロウ」と声をかけると、マーロウはやっと、元の顔に戻った。
 連れて帰って改めて見ると、焦げたような睾丸の跡が本当に痛々しい。様子は穏やかになったが、エサを全然食べようとしないので、久しぶりに缶詰(フニャフニャ)をあけてみた。すぐ食った。それなら食うのか。
 さて、私はこの1年後に結婚、さらにその1年半後には子供も生まれたので、生活的にもこの時点で去勢をしておいてよかったなと思ったのだが、この手術後の「威嚇」が、まさかの「伏線」となっていたことに、この段階では当然知る由もなかった。
 次はマーロウが3歳のときだった。1泊2日の出先から帰り、玄関を開けると物音に気づいたのか、彼は玄関で待っていてくれた。起き抜けなのか、眠そうな顔をしている。私を見上げた。
「しゃあああああ!」
 威嚇された。え、なんで!? 驚いてマーロウをまじまじと見ると、マーロウも自分が勘違いをしたことに気づいたのか、気まずそうに俯くと背を向けて向こうへと歩いて行った。こらこら、待ちやがれ。
 この2度の突発的な威嚇を経て、5歳ごろからマーロウは、本格的に「威嚇癖」がついてしまうことになる。原因ははっきり分かっている。私はコンビで作家活動もしているのだが、その相方である田中という男だ。
 前に書いたように、一人暮らしをしていたころは、女友達がよく飲み帰りなどに部屋に寄っては、マーロウと遊んでいった。
 結婚して子供が生まれると、今度は子供目当ての家族や友人たちがよく訪れるようになったのだが、マーロウは普通に近くでごろごろしているか、あまりに人数が多いと鬱陶しそうに隣の部屋に逃げ込んだりしていた。
 しかし、田中にだけは、最初から怯えた様子を見せて、それは次第に敵意へと変わっていった。元々は田中が、「俺、猫アレルギーだから近寄らせるな」「馬鹿猫、あっちへ行け」などと冗談で言っていたことが発端だった。猫は当然、自分が悪口を言われてることくらいはわかる。
 第一段階は、田中が来るとまず棚のいちばん上に飛び乗って、そこからじっと田中を見下ろしその行動を監視するようになった。第二段階で、田中が近寄ると 「しゃあああ!」と短く吠えるようになった。そして第三段階で、田中が来るだけで「ふぎゃああああ!」と怒るようになった。
 これで終わればまだ良かった。田中を出禁にすればいいだけの話だ。しかし第四段階があった。田中のせいですっかり威嚇癖がついたマーロウは、私がいない ときには誰かれかまわず、威嚇するようになってしまったのだ。もう、誰にも「面倒見てて」と来てもらうわけにもいかなくなった。
 一度、動物病院にも連れていった。血液検査などもし、薬も処方されたが、症状が改善されることはなかった。
 そして第五段階。ついに私がいるときでも、(家族を除き)来客に威嚇するようになってしまった。
 そろそろ、策を講じなくてはならない。彼がもうすぐ7歳になるころ、私はある決断をした。

marlowe age 7



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松久淳の、2018年6月に書き上げた、飼い猫マーロウについてのエッセイです。

*全23話。各ページに写真がありますが(デジカメ以前でまったくないページもあります)、話の内容と関係なく、話数=マーロウの年齢の写真になっています。

*各話の目次、エッセイ、写真、ご説明の順に載っています。あえてノーデザインのベタ打ちにしています。読みづらかったらすいません。

*出版、ウェブ関係、その他の方で本稿にご興味あるかたはご一報ください。