松久淳 猫なんて飼うんじゃなかった

<目次>
00「ご案内」
01「猫が来る」
02「猫はタフでなければ生きていけない」
03「猫を飼う奴なんて」
04「猫は気にしない」
05「長生きの秘訣」
06「猫の小説デビュー」
07「吠える猫」
08「猫をかぶっていないときがある」
09「猫の帰還」
10「猫の飼い方」
11「好奇心に猫は落ちる」
12「マーロウ救出作戦」
13「YouTubeデビュー」
14「ミリオンを達成する猫」
15「猫の話をそのうちに」
16「老い始めた猫」
17「ボケていた」
18「もういっかいマーロウ」
19「猫はただの猫」
20「化け猫疑惑」
21「赤ちゃん返り」
22「世界でいちばん好きな猫」
23「猫なんて飼うんじゃなかった」
04「猫は気にしない」
子猫初期にはとにかく、家を開けている日中の様子が気になってしょうがないものだが、私の場合、「気にしなくていい」と教えてくれたのは、他ならぬマーロウ自身だった。
ある日、仕事の打ち合わせが家の近くであった。ちょっとくらい戻っても時間的には問題ない。私ははやる気持ちを抑えつつ、アパートに向かった。ごめんねマーロウ、日中はいつも寂しい思いをさせてしまってるね。ちょっとだけでも遊ぼうね。
ドアに鍵を差し込む。もうマーロウは気配に気づいて、こちらに駆け寄ってきてるかもしれない。私が想像してたのは、喜びを爆発させるマーロウの姿。しかし実際に私が見たのは、こうだった。
部屋の奥のベッド。そのど真ん中で眠っているマーロウが、うっすらと目を開けて、こちらへ視線を向ける。私の姿を確認。するとマーロウは興味なさそうにまたゆっくりと目を閉じて、心地よくポジションを整えると眠り直した。
私は、部屋には上がらず、静かにドアを閉め、仕事に戻った。すごいショックだったが、顔には出さずにおいた。
この初期の「気にしすぎ」は、猫の様子がちょっとおかしいくらいでも発動する。
ある日、部屋に戻ると、部屋中のあちこちにゲロを吐いた痕跡が。え、なになに、どうしたどうした!? 慌ててマーロウに駆け寄る。しかし、マーロウ自身
は何事もなかったかのように「にゃ?」とつぶらな瞳を向けてくる。可愛いいいいっっっ! ってそんな場合じゃない。どうした、いったい何があったんだ。
後になれば、こんなの猫にはごくあたりまえのことだとわかる。毛玉を吐き出してるんだなと心配もしない。いまでは私など、マーロウが「おえっおえっ」と
声をあげて、体をひくひくと痙攣させた瞬間に、ティッシュを3枚引き抜きスライディング、床を汚さないよう吐き出すポイントにすかさず敷く、なんていうプ
ロ技を披露しているくらいだ。
だがこのときは初めての猫、初めてのゲロ。慌てる、焦る、困る、心配、不安、焦燥。
夜なのですでに打つ手はなく、朝になってマーロウを初めて猫用バッグに入れ、タクシーに乗って初台にある動物病院へと向かった。ちなみに、マーロウはいたって元気。バッグのネット越しに、タクシーの外の流れていく景色に興味津々。
病院で先生に症状を説明する。先生はふむふむと聞いてくれる。そして何がどうしてそうなったのかはわからないが、「病気ではないですね。でも、念のために注射しておきましょう」。
これも、いまなら「そんなの必要ないだろ!」とわかる。なぜ先生は(もっともな対応だったと納得はしているが)胃腸薬の注射までして、お会計は8000円だったのだろうか。
まあ、とにもかくにも、こんな経験を少しずつ積み重ねて「猫は放っといたほうがいい」ということを実感していく。彼が甘えてきたときだけ、遊びたがって
るときだけ、こちらは相手をすればよいのだ。そうでないときは、寝てるときはもちろん、なぜか押入れにジャンプ&タックルしようが、何もない壁をひたすら
動かずに凝視していようが、毛玉だけでなく慌てて食い過ぎた餌を多少リバースしようが、我関せず、自由にさせていればいい。
その日は、安物だが新しい羽毛布団を買った日だった。
なんせ狭い1Kの部屋なので、仕事や食事は床に座ってローテーブルで済ませている。たまには腰を伸ばすかと、ベッドの上に座ってテレビをつけた。これまでの煎餅布団と比べて、ふかふかの座り心地。
するとそれまで、冷んやりしてるのか台所の床でのたのた転がっていたマーロウが、とことことやってきて、とんと私の隣にやってきた。そしてすっと猫背だ
が背筋を伸ばし、足をきれいに揃え、尻尾をその足に巻きつけるようにする、あの優雅な猫ポーズを取り、私と並んでテレビに目をやった。
ああ高貴&プリティ。思わず手を伸ばしたくなるが、この完璧な2ショットポジションを崩したくはない。私はテレビを見てながらも、ちらちらと横目でマーロウを盗み見た。
すると、しばらくぴたっと銅像のように動かなかったマーロウが、やがて微妙にお尻を振りだした。良い座り心地を探しているのだろう。案の定、その動きはやがて止まり、マーロウはまたぴたっと静止した。
しゃーーーーーーー。
最初は何の音かわからなかった。テレビのバラエティ番組の何かの効果音かと思った。いや、違う。これは……まさか!?
私は急いでマーロウを布団の上から引きずり下ろした。しかし、時すでに遅し。
その日から何年間にも渡って、私は直径20センチの染みのついた布団で寝続けることになった。
marlowe age 4 (写真なし)
*このページは、個人的にお伝えした方のみがご覧になっています。もし検索などで偶然見つけた方は、読んでいただくのはまったくかまいませんが(ぜひ、読んでください)、他の方に伝えないでいただけると、ひじょうに嬉しいです。
*松久淳の、2018年6月に書き上げた、飼い猫マーロウについてのエッセイです。
*全23話。各ページに写真がありますが(デジカメ以前でまったくないページもあります)、話の内容と関係なく、話数=マーロウの年齢の写真になっています。
*各話の目次、エッセイ、写真、ご説明の順に載っています。あえてノーデザインのベタ打ちにしています。読みづらかったらすいません。
*出版、ウェブ関係、その他の方で本稿にご興味あるかたはご一報ください。